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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)8331号 判決

原告 北進漁業株式会社 外一名

被告 国

訴訟代理人 板井俊雄 外四名

主文

被告は、原告北進漁業株式会社に対し金八拾万七千六百五拾七円、原告遠藤熊吉に対し金五拾参万八千四百参拾八円、及び、右各金員に対する昭和三十一年十月二十三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を原告両名の、その二を被告の各負担とする。

本判決中原告ら勝訴の部分に限り、原告北進漁業株式会社において金弐拾五万円、原告遠藤熊吉において金拾弐万円の各担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告らの請求の趣旨、これに対する被告の答弁、及び、当事者双方の事実上の主張は別紙記載の通りである。

証拠として、原告ら訴訟代理人は甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四号証、第五号証の一乃至七、第六乃至第八号証、第十号証の一、二、第十一乃至第二十三号証を提出し、証人吉田義助、同鈴木貞雄、同岩佐春雄各尋問の結果を援用し、乙号各証は全部その成立を認めると述べ、被告指定代理人は、乙第一号証、第二号証の一乃至三の各一、二、第三乃至第十号証、第十一、第十二号証の各一、二、第十三、第十四号証、第十五号証の一、二、第十六号証を提出し、甲五号証の一、同号証の三乃至七、同第六号証はいずれも原本の存在及びその成立を認め、その余の甲号各証も、いずれもその成立を認めると述べた。

理由

原告らは、共同で北海道知事から昭和二十八年八月二十五日付で小清さけ定第三五号定置漁業権(以下これを本件漁業権という)の免許を受けたこと、訴外奥谷悠一が右免許処分に対し昭和二十八年十月二十五日農林大臣に対し訴願をなし、この訴願により農林大臣が昭和二十九年六月九日右免許処分を取消す旨の裁決をなしたこと、その裁決の理由は、原告主張(別紙中請求原因(二)の1記載)の通りであること、並びに、原告らが本件漁業権の免許を受けるに至つた経緯は、被告主張(別紙中請求原因に対する答弁、及び、主張の項の(二)の(1) 記載)の通り、(但し、北海道知事が本件漁業権設定に疑問を持つていたとの点を除く。)であることは、いづれも当事者間に争いない事実である。

被告は原告らに対する本件漁業権免許、ならびに、その前提たる漁業法第十一条第一項による決定が、網さけ定第一五号ないし第一七号漁業権に対する原告らの間の競願関係を調整するためになされたものであるから、同法第十三条第一項第四号の規定に反し、違法な免許であつたと主張する。そうして、本件漁業権の免許、及び、その事前決定が、原告らの相互間の右競願関係を調整する目的のためになされたことは、前認定の通りであるので、そのような目的のためになされた本件漁業権の設定が違法であるか否かについて判断する。

現行漁業法の施行にともない、旧来の漁業権は全面的に整理され、新しい漁場計画が立てられ、その漁場計画に基いて新しい漁業権が設定されたのであつて、本件漁業権も、右漁業権切換に伴つて最初に設定されたものであることは、証人鈴木貞雄の証言により認められるところである。そうして、新漁業権の設定は、漁業法第一条に明記されている如く、水面の総合利用、漁業生産力の発展、並びに漁業の民主化という根本的な目的理念の下に行われるべきものであり、そのためには、漁場の自然的、地理的条件を考慮すると共に、漁場と漁業者、或は漁業従事者との結びつき、即ち、社会経済的条件も同程度に配慮されなければならない。従つて、新しい漁場計画は、旧来の漁業権、又は、漁場にとらわれることなく立案すべきものではあるけれども、反面、旧来の漁業者、或は、漁業権者を含めた新漁場における漁業者を予想して為されることは当然の成行である。そこで、新しい漁場計画を作り、これを各漁業者に対して法定の優先順位に従つて割当てて行くと、旧来の漁業権者の中には、新しい漁業権を得られない者がでてくることは予想し得るところであり、この新漁業権を得られなくなつた旧来の漁業権者は、もはや漁業を為し得なくなり、もし、旧来の漁業に対する依存度が強かつたような場合には、その生活さえも脅かされる結果となるわけである。そこで、新しい漁場計画を立て、これを漁業者らに割当ててみたところ、旧来の漁業者のうちに、新しい漁業権が得られない者があつた場合において、既に立案された漁場計画を再検討し、新しい漁場を追加して、これをその者に割当て、もつて旧来の漁業者の漁業者として立場を擁護することは、その新漁場を追加した漁場計画が、前記の漁業法の目的理念に反しない限りは、敢て違法と言えないであろうし、又、同法第十一条第二項の規定からしても、漁場計画の追加変更は、法の予想しているところである。

本件の場合においても、新漁業法の施行による漁業権の切替に伴つて北海道知事が公示した漁場計画のうち、網さけ定第一五号ないし一七号さけ定置漁業権について、原告ら二名が競願し、当該海区漁業調整委員会が原告遠藤を優先順位者と決定答申したため、原告会社が右漁業権を得られなくなつたことは前認定の通りであるが、成立に争いない乙第二号証の一ないし三の各一、二、同第三号証乃至同第十号証によると、調整委員会が右の様な決定をなしたけれども、原告ら相互間における右漁業権に対する法定優先順位を決する事由については、明らかな差異が存したわけでなく、むしろ、互角と認められるので、委員会においても慎重に審議をしたが結論を得られず、遂に委員の投票によつて原告遠藤を優先順位者と決定したものであることが認められ、又、成立に争いない乙第二号証の一乃至三の各一、及び、証人鈴木貞雄、同岩佐春雄の証言によると、当時原告会社は網走市、及び、その附近においてさけ定置漁業を経営しており、それまでにも相当の業績を挙げ同地方の業界では有力な地位にあつたものであり、もし、右漁業権免許を受けられなければ、他に漁業権免許を受けられる場所もなく、漁業、並びに、水産加工販売等を目的として業界に尽して来た原告会社としては、その存続が危くなる状態にあつたことが認められる。漁業権の全面的切替という極めて革新的な政策の遂行に当つて右認定のような事実関係の下に、苦境に陥つた原告会社の申出に対し、関係行政機関たる北海道知事、或は、海区漁業調整委員会が、原告会社の立場に種々考慮をめぐらしたことは、むしろ当然というべく、その結果、前認定の通り新漁場計画の追加となり、原告会社、及び、原告遠藤に対し、本件漁業権の免許を与えるに至つたものである。

そうして、成立に争いない乙第八号証(甲第七号証の原本)、同第十号証(甲第八号証の原本)同第十三号証(甲第五号証の二の原本)、同第十四号証(甲第五号証の一の原本)、同第十五号証の一、二、及び、証人吉田義助、同鈴木貞雄の各証言によれば、右新漁場計画の追加、及び、本件漁業権を原告らに免許したことは、この漁場に隣接した漁場に対してはその漁獲高に多少の影響を与えることは予想されるけれども、その附近一体の漁場全体から見るときは、その総合利用、或は、漁業生産力の向上という点からは左程の支障なく、又、他の漁業者に比し、原告らのみを有利に取扱つたものでないこと、そして、以上の点については、調整委員会においても審議がつくされ、北海道知事においても実地に調査を為した後において、原告らに対する本件漁業権の免許がなされたものであることを認めることができ右認定に反する乙第九号証の記載その他の証拠は措信しない。(乙第九号証によれば、右新漁場計画に関する公聴会においては、新漁場の追加に反対する者も多かつたことを認めることができるけれども、右事実を以て前記認定事実を覆すには足りない。)そうだとすると本件漁業権免許の事前決定、或は、免許は前示漁業法の目的理念に反したものといえず、本件免許が漁業法第十三条第一項第四号の規定の趣旨に反した違法があるとの被告の主張は、その理由がないものといわなければならない。

次に、被告が、本件漁業権の免許は、その事前決定の公示における免許申請期間が短く、一般漁業者の免許申請の機会を奪つた違法があると主張する点について考えるに、本件漁業権の免許申請期間が、事前決定の告示の日である昭和二十七年八月九日から、同年同月十一日迄の三日間であつたことは、当事者間に争いない事実であるけれども、この事実のみからして、直ちに、被告主張のように一般漁業者の免許申請の機会を奪つたものとはいえないし、成立に争いない乙第十二号証の一、二、同第十三、第十四号証証人鈴木貞雄の証言によると、本件漁業権に対しては、原告らの他にも、訴外奥谷悠一外二名の者が免許申請を為しているものであり本件漁業権設定の経過からいつて漁業者が免許申請期間の短期間のために申請の機会を失つたというような事実はないことが認められるので被告の右主張は理由がないというべきである。

以上説示したところにより明らかな如く、本件漁業権についての事前決定、及び、原告らに対する免許は、被告の主張するようなかしが存しないことは勿論、むしろ、適法に為されたものと言うべきである。従つて、前認定のように、被告が本件において本件免許の違法事由として主張するところと同じような理由によつて、原告らの本件漁業権免許を取消した前記農林大臣の裁決は、誤つた事実関係を基礎として漁業法の解釈を誤つてなした違法な処分と言わざるを得ない。

そこで、次に、右違法な処分が農林大臣の故意、又は、過失によつたものか否かについて判断する。

本件の如く、既に設定された漁業権免許の取消処分を為すような場合においては、その漁業権免許が海区全体からみて不適当であるか否かを判断する基礎となるべき事実を取調べるべきであり、殊に、本件においては、第三者からの訴願によつて一旦与えられた原告らの権利・利益を奪う結果になる点を考慮して、その事実の取調べを慎重に行つた上決定すべきものである。しかるに、本件漁業権免許に当つては、当該海区漁業調整委員会、或は、北海道知事において、慎重に審理した結果、原告らの立場を考慮し、海区全体からみて特に支障はないものと認めて為したものであり、その認定が妥当であることは前説示の通りである。ところが、農林大臣において、本件の事実関係について充分な取調を為したものと認めるべき証拠がないばかりか、成立に争いない甲第一号証、同第二号証の二、同第三号証の一、二、によると、本件漁業権免許についての訴願に対しては、北海道知事においても訴願の理由がないとの基礎的事実関係について主張しているのにかかわらず、その事実関係については充分な取調を為すことなく本件取消裁決を為したものと認めざるを得ない。勿論、行政処分は、それが訴願に対する裁決処分であつても、訴訟法上要求されているような証拠調を為すことは要しないものではあるけれども、若し、農林大臣において、前記のような本件取消裁決の意義を考え、それに即応した事実の取調べを為したならば、前記訴願の理由がないことを看取し得たであろう。しかるに、前認定の如く、不充分なる事実の取調の結果誤れる事実認定をなし、本件漁業権免許を違法なものと判断したのであつて、農林大臣が本件取消裁決を為すに当り、当然為すべき事実関係の取調べを為さなかつた点において、その過失があつたものと認める外はない。そうであるならば、本件取消処分が、国の公権力の行使に当る公務員の職務の執行として行われたものであるから、被告はその処分によつて原告らの蒙つた損害を賠償する義務がある。

よつて、その損害額について考えるに、原告らの主張する損害の内証人岩佐春雄の証言、成立に争いない甲第十二乃至第二十三号証によると、原告らは、昭和二十九年六月頃から、金一、三〇一、九〇五円相当の漁網、ロープ、補修糸等を、又、金四四、一九〇円相当の漁船用燃料油を購入し、右漁網等は既に海中に設置して、同年度における本件漁業権免許に基く漁業の準備を為していたのに、本件取消処分により全然漁業を為し得ず、同年度の漁獲は皆無であつたので、右材料等の購入が全部無駄となる結果となり、右購入費額相当の損害を蒙つたことを認めることができるけれども、その他の原告主張の昭和二十九年度中の材料、労務費等の損害、及び、同年度より同三十一年度に至る間の得べかりし利益の喪失による損害の点については、これを認めるべき証拠がない。よつて、被告は、原告らに対し右認定の損害額を支払うべき義務があるところ、成立に争いない甲第一号証によると、本件漁業権に対する原告らの持分の割合は原告会社が一〇〇分の六〇、原告遠藤が一〇〇分の四〇であることが認められるから、右損害を右持分の割合で分けた額、即ち、原告会社に対しては金八〇七、六五七円、原告遠藤に対しては金五三八、四三八円、及び、右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三十一年十月二十三日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものと言はなければならない。

よつて、原告らの本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の分についてはその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については、民事訴訟法第八十九条第九十二条仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

第一申立

一 請求の趣旨

(一) 被告は原告北進魚業株式会社に対し金三百九十一万二千七百七円原告遠藤熊吉に対し金二百六十万八千四百七十一円及びそれぞれの金額に対する昭和三十一年十月二十三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二 請求の趣旨に対する答弁。

原告の請求を棄却する。

第二主張

一 請求原因

(一) 昭和二十九年六月九日当時の農林大臣保利茂は、訴外奥谷悠一が昭和二十八年十月二十五日付で同大臣に提起した北海道知事の原告等に対する同年八月二十五日付小清さけ定第三五号定置漁業権(以下これを本件漁業権という)免許処分に対する訴願につき、本件免許を取消す旨の裁決をした。

(二) しかしながら右裁決は次のとおり、農林大臣が漁業法の解釈を誤まつてしたものであつて、違法な処分である。

(1)  本件裁決の理由の主要な部分は次のとおりである。(なお甲第二号証の二参照)

「……漁業の免許については水面の合理的利用の見地から関係魚民の意思を充分参酌した上で計画的総合的に漁場利用の事前決定を行い、それに基いてなさるべきであることは法第十一条及び第十三条に明示するところである。

従つて漁業制度改革による漁場の切替が既に行われた後の新規漁業権の設定は原則として漁場のより有効適切な利用という見地から既に存する漁場計画が不適当であつて新漁業権の設定が必要であるという積極的な理由がある場合に限るべきである。本件の場合におけるように既存の漁場計画を不適当とする積極的な理由が存在しないにもかかわらず、特定人の競願関係を調整し、従前の経営規模を維持させるために新規漁業権を設定するが如きは、明らかに法の適用を誤まつたものであり、他の漁業権免許申請者との衡平の見地からするも許容し難いところである。更に本件定置漁業権の設定は止別川へのさけ遡上に及ぼす影響は暫く措くも隣接漁場に相当の影響を及ぼすであろうことは認められるのであるが、公聴会における利害関係人の圧倒的な反対にも不拘敢て当該定置漁業権を設定したことは当該定置漁業権設定の事情に徴する時は関係漁民の正当な利益の保護に欠くところがあるとの非難を免れ得ないものと考える。以上説示したように本件定置漁業権の免許は当該漁業権の設定が重大な瑕疵を有するので他の判断をまつまでもなく取消を免れない。

(2)  本件裁決は裁量によつて本件漁業権の免許を取消した違法がある。

漁業法(以下単に法という)は漁業権の免許について、法第十四条に規定する適格性を有する出願者に免許すべきものとし、その出願が競合する場合には法第十六条に規定するところにより優先順位を有するものに免許すべきものとし(法第十五条)、ただ出願者が法第十三条各号の一に該当する場合にのみ免許してはならないと定めているのであるから、漁業権の免許については行政庁は法に覊束され、裁量が許されないことは明らかである。

従つて農林大臣が知事のした免許を取消すことができるのは、適格性を欠く者に対する免許、優先順位を誤まつた免許或いは法第十三条各号の一に該当する者に対する免許である場合に限られるのである。しかるに本件裁決は北海道知事が法の規定に従い網走東部海区調整委員会(以下調整委員会という)の意見をきき実情を調査して適法に原告等が優先順位のある適格者であると認定して設定した本件漁業権の免許を明らかに法の適用を誤まつたものであるとの漠然とした裁量によつて取消したものであるから違法である。

(3)  本件裁決は漁業権の免許と事前に決定すべき漁場計画とを混同し、漁場計画のかしを理由として免許処分を取消した違法がある。

前記のとおり本件裁決においては本件漁業権の設定が違法であるから右漁業権の免許も取消されるべきであるとしているが、知事は漁業の免許をするに当り法第十一条第一項に規定する事項を事前に決定する必要があるが、この事前決定は免許とは関係がない、漁業権の免許は事前決定がなければすることができないけれども両者は全く別個の処分であつて、事前決定が免許処分に包含されるものではないのであるから、事前決定の対象となる漁場計画にかしがあるとして免許を取消した本件裁決は違法である。

(4)  仮りに漁場計画の適否をもつて免許の適否を判断することができるとしても、本件漁場計画の設定にはなんらのかしは存しないし合理的な水面の利用方法なのである。

(イ) 本件漁場の設定は原告等の利益をはかるためにしたものではない。

原告会社は、昭和二十二年から昭和二十六年まで経営してきた従来の漁場が漁業制度改革による漁場計画が設定されたのでこれについて免許を申請する一方新たに漁場が設定された網さけ定第一五号ないし第一七号についても免許の申請をしたが、第一希望であつた従来の漁場が生産組合と競願となり、生産組合に優先され、更に網さけ定第一五号ないし第一七号も被告主張のとおり失格者であると答申されたので、異議申立の結果原告等間に調整がつき共同免許となつたものである。

原告遠藤も昭和二十三年秋からさけ大謀網を経営し殆んどそれに依存していたが、従前の漁場が改革により廃止されたので前記新設の網さけ定第一五号ないし第一七号に出願し、原告等間の共同申請となつたことは前記のとおりである。

しかして網さけ定第一五号ないし第一七号は新しく設定された漁場なのであつてそれだけ漁業価値につきすこぶる疑わしいとされていたものであるが、それにもかかわらず原告等があえて右漁場に出願せざるを得なかつたのは、漁業制度改革によつて従来の漁場を失うためやむを得なかつたことであるが。それでもなお手持資材の遊休による不経済と未経験漁場による危険があつた。調整委員会ではこれらの点を考慮して本件漁場を増設することになつたのであつて、この漁業計画はまさに水面の合理的な利用方法というべきであつて、原告等の私益のために設けられたり、漁業の民主化の阻害になるものでは決してない。

(ロ) 本件漁場を設定しても止別川保護河川区域に対しては無影響である。

本件漁場を設定することによつて止別川へのさけます類の河川遡上に支障をきたさないかどうかについては北海道庁が現地で厳密な調査を行つて支障がないことが明らかとなつている。

(ハ) 本件漁場の隣接漁場に対する影響について、

(A) 本件漁場は横一〇〇間従三〇〇間の小型もしくは中型網の部類に属し、その沖出しは距岸六九〇間にあり、予想収獲高は一〇〇石ないし一五〇石である。この漁場と隣接する小清さけ定第一九号、第二〇号、第二一号との間には一、〇五〇間の距離があり、(この附近の大謀網の間の距離は一、〇〇〇間ないし一、二〇〇間である)この漁場(三階網)は横二〇〇間従三〇〇間のいわゆる大謀網であり、その沖出しは、一、二〇〇間もあり、しかも隣接する大謀網との距離が三、五五〇間もある優秀漁場で五〇〇石ないし七〇〇石の漁獲実績をあげており、本件漁場の設定によつてうける影響は精々五〇石程度である。

(B) 本件漁場は小清さけ定第二四号第二号証(二階網)の沖合に設定されているが、特に漁道五〇間をあけてあつてこの漁場にも影響はない。

(C) 又本件漁場を前記第一九号ないし第二一号漁場との間に存在する小清さけ定第二二号、第二三号にも無影響であることは同漁場の免許をうけている野末建吉からは本件漁場の設定についてなんらの異議もなかつたことでも明らかである。

このように隣接漁場に対する影響はたいしたことではない。

(三) 本件裁決は、漁業関係の主管大臣である農林大臣がその公権力の行使に当り重大な過失によつて漁業法の解釈を誤まつてしたものであるから、本件裁決によつて本件漁業権の免許を取消された原告等の損害は、被告が賠償する責任がある。

(四) 本件裁決によつて原告等に対する免許(期間は昭和二十九年八月二十五日から昭和三十一年十二月三十一日までとするもの)を取消された結果原告等は次のとおりの損害を蒙つた。

(1)  昭和二十九年度操業中止による損害額一、四七一、四三一円 内訳

(イ) 漁網漁具費 一、五九七、六六五円

さけ定置漁業における漁網、漁具については編網方法が各人によつて異ることや一度海中に浸した場合に殆んどその価値を減じ他に転売することはできないものである。

当時原告等は一、〇七四、四九〇円の漁網等を有していたが更に他から総額一、二三九、五一五円の漁網等を購入し、既にこれらを海に浸して操業の準備を宗了しておつたので残存価格は金七一六、三四〇円に過ぎないからその残額が損害となる。

(ロ) 材料費 一〇七、〇四〇円

漁労補修材料金六二、三九〇円、燃料代二九、一五〇円及び漁網むれ止め用粉砕塩一五、五〇〇円の合計

(ハ) 労務費 六八四、八一四円

合計 二、三八九、五一九円

(ニ) 雑収入 一八、〇八八円

(ホ) 共同経営受益金 九〇〇、〇〇〇円

合計 九一八、〇八八円

(ヘ) 差引損失額 一、四七一、四三一円

(2)  昭和二十九年度の得べかりし利益一、六八三、二四九円

本件漁場においては百五十石(九千尾、七、二〇〇貫)が水揚確実であつて貫当り単価五五〇円であるから売上金額は三、九六〇、〇〇〇円となり、これから右(1) 記載の材料費等の金一、四七一、四三一円とその他の諸経費の合計二七六七五一円を控除した。

(3)  昭和三十年度の得べかりし利益一、六八三、二四九円

計算方法は昭和二十九年度と同じ

(4)  昭和三十一年度の得べかりし利益一、六八三、二四九円

計算方法は昭和二十九年度と同じ

(5)  合計 六、五二一、一七八円

原告等の本件漁業権の共同経営の持分は原告会社百分の六十、原告遠藤百分の四十であつたから各原告は被告に対し右損害額の各比例額と、これに対する農林大臣の前記違法行為の後である昭和三十一年十月二十三日訴(訴状送達の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因事実に対する答弁及び主張。

(一) 請求原因(一)及び(二)の(1) 記載の事実は認める。又同(四)の事実中原告等に対する本件漁業権の免許の期間が原告等主張のとおりであつたことは認めるが、その他はすべて争う。後記のとおり本件裁決はなんら違法でない。

(二) 本件裁決はなんら違法でない。

(1)  本件営業権の漁業計画を決定し、原告等に免許を与えた経緯は次のとおりである。

北海道知事は道内の各海区における共同漁業及び定置漁業の免許につき、昭和二十六年六月二十日付北海道告示第五九一号で法第十一条第一項所定の各事項を公示し、免許申請を同日から同年七月三十一日までの申請期間内に受け付けた。

しかして、網さけ定第一五号ないし第一七号さけ定置漁業権につけては原告等両名より各単独で及び訴外中央漁業生産組合からそれぞれ免許の申請があつたが、右訴外組合はその後右申請を取下げた。調整委員会は原告等の優先順位について審査し、昭和二十七年一月二十一日開催の委員会で原告遠藤が優先すると決定し同年二月十二日北海道知事に対し、原告遠藤が優先権者であり原告会社は法第十六条第五項第三号ないし第六号において失格者である旨の答申を行つた。

これより先原告会社は北海道知事に対し、陳情書、異議申立書を提出して、免許を得るために努力したのであるが、右調整委員会の答申に対しては、北海道水産部長よりも昭和二十七年三月十二日調整委員会に対し前記決定を再検討するよう要望があつた。そこで調整委員会は同月十九日委員会を開催して審議したが、前と同様の決定をし、同年四月八日付でその旨を知事に答申した。しかるに右答申に対し再度北海道水産部長より同年五月二二日付で更に再検討するように通達があつたので、調整委員会は同年六月二十四日開催の委員会において事案を再検討した結果、ついに原告等の競願関係を調整するため更に一つの漁場を新設(増網)することを決定し、同年七月十五日そのため法第十一条第三項による公聴会を開催したところ、関係漁民の圧倒的反対があつたにもかかわらず、これについての委員会を開催することなく、翌十六日附で北海道知事あてに漁場計画の変更申請をして本件漁業権新設の意見を提出した(もつとも右漁場計画変更申請後である同月二十二日、二十六日開催の委員会において増網の決定をしている)。

以上のような経過の後、北海道知事は増網に疑問を有しながら、右申請をいれて同年八月九日付北海道告示第一、一四七号をもつてその公示をしたものである。

しかして翌十日原告等は、網さけ定第一五号ないし第一七号及び増網された本件漁業権につき共同経営することとした旨の書面を調整委員会に提出すると同時に、同日付で本件漁業権につき共同免許申請書を知事あてに提出したので、調整委員会はこれをいずれも共同申請として取り扱い昭和二十七年八月十二日開催の委員会で原告等に共同でこれらすべての漁業権についての免許を与えるべき旨の決定をした。

(2)  一旦事前決定がなされその公示のあつた地区において新たに漁場計画をたてることは、一般的にいつても法の予想しないところではないとしても、そのために自ら目的手続等において一定の制限を受けるものと解すべきである。

すなわちその目的においては法第一条に規定するように、水面を総合的に利用し、漁業生産力を発展させ、もつて漁業の民主化を達成しうるものでなければならない。

ところで本件漁業権の事前決定は網さけ定第一五号ないし第一七号定置漁業権に対する原告等間の競願関係を調整(殊に原告会社に漁業権を与えるためである。)するため右漁業権についての免許申請期間経過後新たに漁業権を新設するためになされたものであつて、専ら原告等の利益を図るため、優先順位に関する法の規定を無視しており、結局前記法第一条に定める目的を逸脱するものであるから、このような事前決定に基いてなされた漁業権の免許は法第一三条第一項第四号にいわゆる「漁業調整、その他公益上必要のある場合」に該当するものであつて、違法であり、この見解にたつて右原告らに対する本件漁業権の免許を取消した本件裁決は、裁量によつて右免許を取消したものではなく、適法かつ正当である。

(3)  又事前決定と漁業権の免許とが異ることは勿論であるが、免許の内容となる事項の事前決定は、免許のための前提手続であるから、右事前決定がない場合又は事前決定があつても法第十三条第一項各号に該当する場合には免許できないのと同様に、事前決定にかしがある場合には、当該事前決定に基く免許もそのかしを包含することとなつて違法であるから、事前決定のかしを理由として免許を取消すことができるものといわなければならない。

(4)  本件漁業権の免許の内容となる事項の事前決定は前記のとおり、原告等間の網さけ定第一五号ないし第一七号に対する原告等間の競願関係を調整するためになされたもので、その目的においてすでに違法であるから、本件漁業権の設定による止別川へのさけ遡上に対する支障及び隣接網に対する影響等については考慮するまでもなく、本件免許が違法であることは明らかである。

(5)  又事前決定の公示後に更に新たに漁業権を設定するために事前決定をする際においても当該漁業権に対する免許申請をしようとする者一般に対して申請をする機会を均等に与えるように申請期間を決定し公示しなければならないものというべきである。しかるに本件事前決定においては北海道知事は免許申請期間をその公示の日である昭和二十七年八月九日から同年同月十一日間までの僅かに三日間に制限し、一般の漁業者の免許申請の機会を奪つたものである。従つてこのようなかしのある本件事前決定の公示は法第十三条第一項第四号に該当するものであるから、この点においても本件漁業権の免許は取消を免れなかつたものである。

四、被告主張事実に対する原告の答弁

被告主張(二)の(1) の事実中、北海道知事が本件漁業権の設定には疑問を持ちながら、その事前決定を公示したとの点は否認するがその他の事実はすべて認める。同(5) の事実中、北海道知事が本件漁業権の免許申請期間を被告主張の期間と決定し公示したことは認めるがその他の主張はすべて争う。

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